エイサーとは

沖縄の民謡といえば、多くの人が思い浮かべるのが「エイサー」でしょう。

お盆の時期に祖先の霊の送迎の意をこめて歌い踊る民謡ですが、現在は観光客向けのイベントやお祭りの色合いも濃く、エイサーの踊り自体はお盆時期以外でも見ることが出来る為、地元の人以外では、盆踊りとしてのエイサーの認識を持つ人は少ないかもしれません。

エイサーの起源に関しては、残存する文献に乏しいため、正確な論証はなされていません。

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有力とされるのは、江戸時代前期にあたる1603年に、東北出身の僧である袋中上人が伝えたという説で、袋中上人は仏法典を求めて、はるか明の国(当時の中国の呼称)に渡ろうとしたところ船が難破し琉球王国に漂着したということです。その後3年ほど首里に滞在し、当時の琉球王である尚寧王(しょうねいおう)の命により、場外に桂林寺という寺院を開き、浄土宗の布教に努めることになりました。

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そのときに広まった念仏唄を踊りながら唄う「念仏踊り」が原型となり、その後、18世紀ごろにはお盆の時期に「念仏ちゃー」という芸事や托鉢をする人を招いて念仏踊りを元に盆踊りをしていたということですが、この時はまだ念仏唄や門付唄でおどっていたといわれています。

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他には、先の例より100年以上遡る、李朝(当時の朝鮮に存在した王国)に残る「李朝実録」の記録の中に、琉球で踊られていたとされる一文が残っており、この頃から踊られていたとも言われています。

いずれにしても、エイサーの起源については現在も検証され続けており、今後も諸説の裏付けが進んでいくと思われます。

エイサーという言葉の由来は、浄土宗系の念仏唄の唄中に「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」という囃子詞があることから、そこから来ているとされています。
他にも、琉球王国に伝わる歌謡集の「おもろさうし」の中に「ゑさおもろ」という語があり、「おもろ」とは「歌」といういみがあることから「えさ歌」と呼ぶことも出来る為、これを語源とする説もあります。

明治以降、念仏の詠唱を若い人が代行するようになったことで、民謡とミックスされたりして唄い易い形に変化する経緯などもあって、エイサーは県全域に広まったとされています。戦後は更に若い人を中心にアレンジが進み、太鼓を使用したり衣装が派手になったりという変化を見せます。近代に近付くにつれ、盆踊りが夏祭りと併合するようになってからは一層のパフォーマンス要素も加わり、現在のような形まで発展していったと見られます。