一風変わった大家の話

一風変わった大家の話をしよう。私が妻と新婚時代に住んだアパートの大家だ。私は仕事で忙しく、アパートの入居手続きは全て妻に任せていた。一番最初の家賃の支払いの時に、初めて妻から、家賃は大家に手渡しであるということを聞かされた。

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振込手数料をケチったというわけではなく、そのあたり一帯の地主だった大家は、すぐそばの大きな平屋の一戸建てに住んでいて、庭づたいにすぐに家賃を払える距離にあったのだ。私は契約の時さえ顔を出していなかったので、妻に代わって私が家賃を払いに大家宅に出向いたところ、大家は開口一番「うちの息子はコロシ専門なのです」と話し始めた。



その話しを帰ってから妻にしたところ、予想通り目を丸くして驚いたが、私もそうだった。家賃を払いに行っていきなり「うちの息子はコロシ専門」などと言われれば、なんとも物騒な、恐ろしい話ではないか。だが、もちろん大家の話は続きがあった。なんのことはない、大家の息子はお医者さんで、警察の鑑識の仕事か何かをしているらしかったのだ。

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物騒な話どころか、可愛い息子の自慢話だったのだ。とにかく話好きの大家で、家賃を払いにいっただけなのに、玄関先で20分、30分も、戦時中の話や自分の入院生活の話など、様々な話を聞かされた。男性でもおしゃべりな人はいるのだと、感心するほどにすごくおしゃべり好きな大家だった。

家賃を毎月届けに行く日々が三年ほど続いたある日、突然大家宅でお通夜の準備がされた。大家本人が亡くなったようだった。その前の月には家賃の支払いで逢っていたので、本当に突然に感じられた。月に1回のやりとりで、ほとんど一方通行に大家が話し、時には苦痛に感じられた時間だったが、大家とおしゃべりができなくなるというのはとても寂しく感じた。もちろん通夜にも出席した。その後家賃は振込になり、年月と共に別の物件に移り住んだ今でも、あの時の大家の、ほがらかに話す姿を思い出す。